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May 24, 2008

近くて遠い(続き)

Mississippi_john

知名度が高いわりにはなぜかそれほど聴かれていない、近くて遠いブルースマンがいるという話の続き。
前回、ビッグ・ビル・ブルーンジーがその一人であると、何の証拠もなく、いわば私の思い込みでそうだと断定した。ついでにミシシッピ・ジョン・ハートも。ただハートの場合、ブルース・ファンはともかくフォークソング・ファン・サイドからは支持、または聴かれているのかも。知らないけど。
ビッグ・ビルやハート個人のことは別にどうでもいい。問題は、なぜそんなことが起きるのかということである。ブルース、もっと大きく洋楽と言ってもいいかもしれないが、つまり外国から輸入された音楽は、改めて言うまでもなく、向こうの文化土壌、あるいは感性といったものの上に作り上げられている。もちろん、だからと言って東洋人には理解できないかというと、そういうこともない。ビートルズの例を出すまでもなく、人類共通の美意識というものによって、その良さが認められているケースはいくらでもある。しかしやはり、本国でいくらウケようが、またビッグな存在であろうが、我々にはイマイチ理解できないものも当然ながらあるのである。

私が高校生のときの話だが、ロック系のラジオ番組(確か渋谷陽一がDJだったと思う)を聴いていたところ、その日の特集が「なぜか日本でウケないアーティス」だった。いくつかのアーティスト/バンドが挙がったはずだがほとんど覚えていない。しかし鮮明に記憶されているのが一つあって、それがザ・フーだった。今でこそフーはちょっとしたものであるが、当時は妙に納得させられるナイス・チョイスであった。
さて今、「今でこそ」とつい書いてしまったが、フーって本当に今では日本で市民権を得ているんであろうか。フーに対して発せられる「フーっていいじゃん」という言葉は一見「フー」に主語があるように思える。しかし、話の中身をよくよく吟味してみると、これは「フーがいい」と言っているのではなくて、「フーがいいと言っているオレ」なのである。つまりこの言葉の主軸は「オレ」なのである。ちなみにフーの部分はロバジョンに置き換えてもある意味有効。

戦後60年を経て、日本人の体格は欧米人に見劣りしないほどまでに成長した。しかし、本場と日本人の間にある感性の溝は未だ埋めがたいものがあり、その微妙なギャップが「近くて遠い」を生んでいるのある。そしてまた、近年急速に埋まりつつあるかに見えたその溝も、実のところはオレ的自己欺瞞(単なる外国かぶれかもしれんが)によって、なにか新たな厄介を生んでいるような気もするわけである。
なんか話が理屈っぽいな。もうやめます。

画像はミシシッピ・ジョン・ハートのLP2枚。左はスポケーン盤。内容は右のヤズーとまったく同じで(曲順は違う)、1928年のセッションをまとめたもの。ジャケットは左の方が好みだが、音はヤズーの方がいい。

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Comments

怒涛の更新とはこの事でしょうかネぇ(スゴイ)
読みながら僕ぁ スシ食ってる外人とか掛け軸買ってる
ガイジン、竜安寺の石庭で庭を見ず瞑想してる外人を
思い出しました、
でも托鉢してる坊さんの中に外人もいます
(アレは フーを好きなオレ)では無いですナ、

「オレ的欺瞞」ってのが大手を振って歩くってなると
本末転倒っていうか(チト具合悪いっすネ)

ま、僕ぁ◎か×かハッキリしたいタイプなんですが
一番具合悪いのが◎か×かワカラナイもの
(一番 始末が悪いんですナ)。

Posted by: ドクター | May 24, 2008 at 20:42

昨日、おとといと暇だったので更新してみました。
書いている自分もこんな展開なるとは思いもしませんでしたが、
結果的には単にフー好きを茶化しているだけの話みたいになって
しまいました(苦笑)。

今度、その始末の悪いやつのことを教えてください。

Posted by: ca-Ym | May 25, 2008 at 08:46

 ビッグ・ビルやジョン・ハートあたりは
 ブルース・ファン、フォークソング・ファンに加えて
  アコースティック・ギター・ファン
 ゆう人たちが
  おれにもしゃべらせろ
 とわらわら出てくるので
 なかなか意見はまとまりそうにもありません

 まぁぼくも
 ブルースとして
 ジョン・ハートやジェシー・フラーなどを
 聴く気もないのですが
 音楽的にはすごく好きです
 近所のオジンが
 酔ぉて唄っているのを
 酒場の片隅で聴いているような
 ほのぼのとした気分になれます

 彼の国では圧倒的人気を誇るのだが
 なにがいいのかボクにはわからないのは....
 うーむ
 そうですね
 ブルーグラスと呼ばれる類の音楽全般ですかねぇ


 

Posted by: がちゃこ | May 25, 2008 at 21:51

あの何の悩みもない、ノーテンキなところがダメなのでしょう。
うーん、わかるなあ。
そういえば、あのテの音楽のライヴとかフェスティバルというと
必ずいるでしょ。
ヒゲはやしてウェスタンブーツにカーボーイ・ハットかぶって、
オマケにヘンなステップまで踏んで、それでも日本人かってオヤジが。
あれはブルーグラス・ファンじゃなくて、カントリー・ファンか。
まあ、別にそんなことはどうでもいいんですが。

ミシシッピ・ジョン・ハートはそういう幅広い層から支持されて
いたのですか。知りませんでした。
余計なことを書かなくてよかったです。

Posted by: ca-Ym | May 25, 2008 at 22:48

ボクの友人で、とんでもないアンダーグランドのバンドをやってるミュージシャンがいるんです。
もう常人では耐えられないノイズの中で、聞くも恥ずかしい歌を唄ったりするヤツなんです。
そんな彼がある日ボクに打ち明けました。
「じ、じつは、ミシシッピィ・ジョン・ハートが大好きなんです」
一瞬耳を疑いましたが
たしかに彼はそう言ってました。
あぁ、そういえば爆音の中にも一スジのジョンハート・フレーズが、あったような、無いような・・・。
恐るべし、ミシシッピィ・ジョン・ハート!

Posted by: ken-sann | May 26, 2008 at 20:52

本国、アメリカの若い黒人達も、ハートなんて知らないし、聞きもしないでしょう。シカゴで話したブルースのオバちゃんも歎いてました。「最近は、黒人の若い子はブルースを聞かない、知らない」って。彼らにとって、古いブルースなんか日本で言えば、浪花節とか演歌の類になるのでしょうからね。で、日本の<国技>相撲と同じく、ガイジンの活躍同様、黒人のブルースマンのバックにカナダ人、日本人、白系アメリカ人などが、サポートしてるわけです。

僕自身も若い頃良くハートを聞いて、ギターの練習してました。最近は歌の意味も分るようになり、例えば<Since I've laid My Burden Down>などはシミジミと聞いてます。
2年前に日本に帰った時にコンサートで日本人ブルースマンがハートの曲をやってましたが、僕には違和感がなく聞けました。というか、こんな地味な曲が、本国から数千キロ離れた場所で、ブロークンのイングリッシュでも、歌い継がれていると言う事に感動していた事のだと思います。

ダラダラと骨子の無い文章になってしまい、すみません。

オギ

Posted by: ogitetsu | May 26, 2008 at 21:41

前回の文章、余計な文字が消されずに残ってました。恥かしい。
オギテツ

Posted by: ogitetsu | May 26, 2008 at 21:50

> ken-sannさん

アングラにミシシッピ・ジョン・ハートか…。
しかし、そんなこと打ち明けてどうするって気もしますが、
なにか懺悔でもしたかったのでしょうか。
アンダーグランドのバンドってのも、またいろいろツッコミどころが
ありそうでいいなぁ。って、何がいいんだか。

Posted by: ca-Ym | May 26, 2008 at 22:00

> ogitetsuさん

日本人が演るブルースを聴いて、違和感がどうのという時期はとっくに
過ぎておりますね。もっとも、違和感を感じさせる個性派はいますが。
そういえば最近(でもないか)、黒人の兄ィちゃんが演歌を歌って
それがけっこう売れてるようだけど、やっぱりあれは違和感あるなあ。
しかし、それもあと20年後くらいには別に何ともなくなるんだろうか。
あと違和感があるのは日本人が演るサンバ。歌って踊り狂ってるやつ。
でも「マツケン・サンバ」はもう既に違和感なくなってるし、
これがグローバリゼーションてやつでしょうか。

Posted by: ca-Ym | May 26, 2008 at 22:47

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