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Jun 05, 2009

ブギ・ウギを考える~その2

ブギ・ウギ・ピアノに関する記事についてですが、『レコード・コレクターズ』のほかにも『ザ・ブルース』(No.12)が特集を組んでおりました。ずいぶんと昔の話ですが、かなり濃厚な特集記事になっております。参考まで。

1938年、ジョン・ハモンドのプロデュースによるコンサート、「フロム・スピリチュアル・トゥ・スウィング」においてアルバート・アモンズ、ミード・ルクス・ルイス、ピート・ジョンスンの3人からなるブギ・ウギ・トリオが拍手喝采を浴び、そのことをきっかけとしてブギ・ウギ・ピアノのリヴァイバル・ブームが起こる。とここまではご承知のとおり。がしかし、これだけではいまひとつ疑問が残る。ある意味本質的な部分ではないかと思うが、つまりブギ・ウギ・ピアノのどこがそれほどまでにウケたのかということである。血湧き肉躍るような強烈なリズムという、ダンス・ミュージックとしての魅力? もちろんそれもあったが、そのことに加えてインパクトあるサウンドを繰り出すそのピアノ・プレイが、さながら「曲芸」のようだったのである。

Boogiewoogieboysブギ・ウギ・ピアノの人気はその音楽性がどうのという部分よりも、やはり見せ物的要素にあった。と、こんなことを言うと一部から抗議のメールが来そうだが、しかしブギ・ウギ・ボーイズの演奏を聴いて、誰がどこを弾いているかなんて分からないし、第一そんなことを気にしながら聴く人間は普通いないんじゃないか。
ブギ・ウギ・ピアノは個性の表出が極めて難しい音楽である。一部のマニアは誰それの左手だか右手だかがどうのこうのと言ったりするが、そんなことを言われても、一般のリスナーにはそれがどうしたであろう。それは演る側の問題であって、聴く側にとってはどうでもいいことだ。音楽の本質とは何の関係もないことである。

というわけで、商業音楽の宿命と言うべきか、はたまた単調な音楽故にと言うべきか、ブギ・ウギ・ピアノはやがて飽きられ、結局、再発見を期に起こったリヴァイバル・ブームもそう長くは続かず、消え去ってしまうのである。

THE BOOGIE WOOGIE BOYS - 1936-1941 (DOCUMENT)

ブギ・ウギ・ピアノは消えたが、ブギ・ウギのリズムは受け継がれていく。が、それはまた別の話。

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Comments

以前にも言いましたけど映画「ハリーとトント」の中で
音楽家でもない普通の黒人のじっちゃまが
友人宅のピアノでブギウギ弾くシーンがあるんですけど

コレって我が国では師匠とは呼ばれないけど
尺八吹いてるオッサンとか沖縄の三味線
近いトコロではウチの母親が弾いてる大正琴?
(それがいきなりカーネギー・ホールやもんなぁ)
白人上流階級には新鮮に聴こえた事だと思います、

ジミー・ヤンシーってブギウギの父みたいに言われてますが
(シカゴの人でしょ?)
ほな母親はどこの出身じゃい?と・・・
考えると晩 寝られないんです(とほほ)。

Posted by: ドクター | Jun 06, 2009 at 01:11

カーネギーにやってくるような白人聴衆にはさぞかし新鮮だったでしょうね。

久しぶりにブギ・ウギ・ピアノをまとめて聴いてますが、やっぱり面白いですよ。
でも、たまに聴くのがいいのかも。
ブギ・ウギ・ピアノばっかり聴いてるとやっぱりねえ。

ブギ・ウギの母?
ママ・ヤンシー。うそ。
メアリー・ルー・ウィリアムスなんかけっこう達者な
ブギ・ウギ・ピアノを弾いてましたね。

Posted by: (や) | Jun 06, 2009 at 12:58

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