Jul 22, 2016

アメリカ南部黒人と東北弁

近頃刊行された『ブルースと話し込む』(土曜社)は、ポール・オリヴァーが1960年にアメリカの南部~北部へと旅行した際、ブルース・シンガーやその周辺関係者を訪ね、インタビューを行い、それを編集したものである。同著者の『ブルースの歴史』と並んで、ブルース・ファン必読の書と言えるのではないか。
Cwbというわけで、溜まっていた海外ミステリーを読破して、ここ最近就寝時に少しずつ読み進めているのだが、マンス・リプスカムのところにきてちょっと引っかかってしまった。何に引っかかったのかというと、リプスカムの言葉の訳の仕方なのでありますが。
「~(前略)~誰も教えてくりゃあせんで。~(中略)~曲名言ってみてくんな、わしが弾いてるのとおんなじようにやってたんさ。~(後略)~」
ん? 名古屋弁か。いや違うか。こりゃ一体どこの方言だ?

かなり昔だけれど、翻訳家の青山南氏のエッセイに、アメリカ南部の黒人はなぜ東北弁になるのか、みたいなのがあった。中身を要約すると、黒人でなくとも田舎もんとなると必ず「んだべさ」とか「~やっぺや」みたいな東北弁に翻訳されると。しかもその東北弁がいかにも「こんなもんでいがっぺや」的いいかげんで、東北地方のどこでも使われいないような東北弁であると、福島出身の青山氏は何とも腑に落ちない。がしかし、百歩ゆずってそれをよしとして、なぜ東北弁をしゃべらなければならないのか、それが分からない。絶対に分からない。大体ミシシッピをはじめ、アメリカで田舎もんとくればたいがいは中西部か南西部と相場は決まっている。「中西部」「南西部」のどこに「東」なり「北」の字が入っているのか! 単純に考えれば九州のナントカ弁、ないしは中国・四国地方のナントカ弁を使うのが筋ではないのか! と実に力強く述べているのであった。

さて、話を戻すと、先のマンス氏の証言のあと再びマンス氏が登場するのであるが、今度はもっと複雑なことになっている。
「やってたけんど」「~ぞな」「そうさな」「~大きいのう」「~じゃな」「~やってたんじゃ」「~やれるんさ」「~ないんだわな」
うーむ、「ぞな」まで出てきたぞな。こうなってくると、これら無国籍的方言及び語尾処理が気になって気になって仕方がない。気にならない人は全然ならないんだろうが(ほとんどの人はそうだと思う)、僕はもう一向に文章が頭に入ってこないのである。

よくよく読んでみると、全体的にはそうでもなく、マンス・リプスカムだけがなんだか田舎もん代表みたいなことになっている。でもねえ、登場人物の怪しげな言葉づかいや語尾の処理がどうにも気になって集中できないんだべさ。

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Apr 08, 2012

夫婦デュオの系譜 その二~GRANT AND WILSON on LP

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グラント&ウィルスンを収録したLPは次のとおり。あくまでも僕の持っているものの中からなので、当然これ以外にもいくつかある。

V.A. - Rare Blues Of The Twenties 1924-1929 (Historical)
V.A. - Collectors Items 1925-1929 (Historical)
V.A. - Jazz Potpourri Vol.2 (Meritt)
Louis Armstrong & Sidney Bechet in New York 1923-1925 (CBS)

どれも1、2曲しか入っていないが、単独LPがないのだから仕方ない。一番最後のサッチモとベシェのは、スミソニアン・コレクション・シリーズの2枚組LP。昔何度も聴いた思い出の一枚。

この種の芸(夫婦掛け合いもの)を初めてレコーディングしたのはドーラ・カーとカウ・カウ・ダヴェンポートのコンビだった。と、ポール・オリヴァーの『ブルースの歴史』にある。『BLUES RECORDS』を引いてみると1924年1月に吹き込んでおり、バタービーンズ&スージーの初録音1924年3月22日よりわずかに早い。
残念ながら僕はこのドーラとダヴェンポートの初吹込みの入ったレコードを持っていないのだけれど、ただ同じコンビの1926年録音を収録したLPなら持っていて、それを聞く限りでは古き良きヴォードヴィル・ソングといった趣のある作品となってる。
そういえば、夫婦ではないが、ロニー・ジョンスンとヴィクトリア・スピヴィのコンビにも掛け合いものがあったことを思い出す。ロニーが歯医者、スピヴィが患者に扮してのもので、「アゥ~ン、ウッフ~ン」と思わずニヤニヤしてしまうエロティックなものだった。

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Mar 21, 2012

夫婦デュオの系譜 その一~グラント&ウィルスン

Docd5563ソニー・レコーズのルーツン・ブルース・シリーズの一枚に、『ローンチィ・ビジネス』というボーディ・ブルースを集めたコンピがある。ルシール・ボーガンやボ・カーターらの、お馴染みのボーディ・ソングに混じって、ハンター&ジェンキンスが2曲収められているのだが、これがこの夫婦デュオの名前がはっきりとクレジットされた初のCDではなかったかと思う。とは言っても、多くの方には「ハンター&ジェンキンス? 誰それ?」であろうか。ハンター&ジェンキンスは、グラント&ウィルソンの変名なのだが、それでもやはり「誰それ?」か。

ポール・オリヴァーの『ブルースの歴史』によると、1900年頃、シンガー/楽団の最大の稼ぎ場所は「劇場」であった。その盛況ぶりに目を付け1909年にTOBA(シアター・オウナーズ・ブッキング・エージェンシー)が発足、アーティストらにとってはかなりの低賃金という悪条件ではあったが、傘下にある40を超える劇場すべての契約が保証されるというしくみだった。こうした環境がクラシック・ブルース/ジャズ・シンガーを育て、評判を得ていったのである。話を少々端折るが、そうした中、黒人ヴォードヴィルで特に人気があったのが夫婦掛け合いの出し物で、そのスタイルを洗練の域にまで極めたのがバタービーンズ&スージーのコンビあり、その彼らに迫る人気を誇ったのがグラント&ウィルスンだった。

ところで、バタービーンズ&スージーは単独LPがあったのに対し、グラント&ウィルスンはドキュメントがコンプリートでCD化(全3枚)するまで、まとめて聴くことができるLPは(多分)なく、戦前ブルース/ジャズのオムニバスで1、2曲聴ける程度だった。

つづく…


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Jul 26, 2009

ブギ・ウギ・ピアノのレコード(4)

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久しぶりの更新だってのに、まだやるのか、ブギ・ウギです。まあほかに書くこともないし。
フレデリック・ラムゼイ・ジュニア監修による、ジャズ以前からビ・バップまで、ジャズの歴史を辿るという趣旨で編まれた全11枚からなるシリーズの、これは第10集になる。特にブギ・ウギ・ピアノのみに偏った編集ではないけれど、内容はすこぶるよろしい。「ジム・ジャクスンズ・ジャンボリー」に始まってチャーリー・スパンドとブラインド・ブレイクのコンビによる“Hastings Street”、クリプル・クラレンス・ロフトン。そしてカンザス・シティのジャンプ・ミュージックへ飛び、ベニー・モーテン、アンディ・カーク、マクシャン、ベイシーへと。もちろん、ブギ・ウギ・ピアノ三人衆にヤンシーもという内容。うむ、これはスゴイ。

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最近買ったCDは新譜が2枚のみ。ホーギー・カーマイケルのJSPの4枚組ボックスとベア・ファミリーのビリー・ザ・キッド・エマースン。
CDは、いよいよ新譜のいいのがなくなってきたって感じ。相変わらずがんばっているのは英エイスくらい。ブルー・ムーンは、Rev-Olaはどうした。仏クラシックスは…つぶれたのか。

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Jun 20, 2009

ブギ・ウギ・ピアノのレコード(3)

「ブギ・ウギ・ピアノのレコード」といったら、「あれだろ、あれ!」とお思いの方々へ。

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このLPは以前「ホンキー・トンク・トレイン・ブルース」というエントリーの中で取り上げたので今回は外そうと思ったのだけれど、確かに「ブギ・ウギ・ピアノのレコード」といえば、この国内盤にとどめを刺すんじゃなかろうか。名盤。

次も上に同じ。再掲。

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デッカの10インチ盤。ブギ・ウギ三人衆のほか、ドット・ライス、ハニー・ヒル、クリオ・ブラウンを収録。

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これはフランスのピエール・カルダンという、ばったもんかと思わせるようなレーベルから出たものだが、実はリヴァーサイドのクラシック・ジャズ・マスターズの同名タイトルのLPをそっくりそのまま拝借したもの。要はリヴァーサイド盤シリーズの海外版といったようなもの。

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Jun 18, 2009

ブギ・ウギ・ピアノのレコード(2)

さすがに、ちょっと飽きてきたな。

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Boogie Woogie Piano / A King Of The Piano (Brunswick BL 58003)

ブランズウィックの10インチ。ジェリー・ロール・モートンとのカップリング盤となっている。
タイトルに初めて「ブギ・ウギ」という言葉を付けた曲を吹き込んだことで知られるパイン・トップ・スミスだが、しかしブギ・ウギそのものを最初に吹き込んだわけではない。ミード・ルクス・ルイスの「ホンキー・トンク・トレイン・ブルース」はそれよりも一年前に録音されている。
パイン・トップ・スミスのLPはオランダのオールディ・ブルースにもある。

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Montana's Blues (Oldie Blues OL 2815)

モンタナ・テイラーのブギ・ウギ・ピアノは(左手のベースが)やや重く、そのことが他のブギ・ウギ・ピアニストよりもブルースを強く感じさせる要因となっているように思う。戦前録音は4曲しかないがどれも素晴らしく、ドキュメントのコンプリート集は必携と言いたい。


ブギ・ウギ・ピアノの代名詞のような存在と言えるのがアルバート・アモンズではないか。ま、根拠はないが。

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Bogie Woogie Piano (Mercury MG 25012)

46/47年のマーキュリー録音を集めた10インチLP。演奏の方はダイナミズムに欠けるというか、かなりこなれたものとなっており、若干物足りなさを隠せない内容となっている。ヘビー・ユーザー向けの1枚。

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Jun 15, 2009

ブギ・ウギ・ピアノのレコード(1)

しつこくもブギ・ウギ・ピアノ・ネタは続きます。今回からは、レコード棚よりブギ・ウギ・ピアノのレコードをいくつか適当にピックアップして簡単に紹介していこうかと思います。で、まずはジミー・ヤンシーを。
第1世代に属するブギ・ウギ・ピアニスト(録音を残しているという条件で)の中では、ジミー・ヤンシーが最も録音が多いのではないだろうか。つまりそれだけ人気があったということだが、単独盤LPの数も当然一番多いのではないかと思う。
ところで、他の第1世代のピアニスト~パイントップ・スミス、ロメオ・ネルスン、モンタナ・テイラーが20年代に録音を持っているのに対し、ヤンシーの初録音は39年とかなり出遅れている。これはミード・ルクス・ルイスの録音した「ヤンシー・スペシャル」をきっかけにしてその存在が知られるところとなり、録音の機会を得るといういきさつにある。

さて、ではまず当ブログではお馴染み、X盤から。

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Blues And Boogie (RCA "X" LX-3000)

39/40年のピアノ・ソロ(すべてがブギ・ウギではない)。グレート!

次はリヴァーサイド盤。

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Yancey's Getaway (Riverside RLP 12-124)

20年くらい前に中古レコード市で見つけた。800円(!)だった。39年にソロ・アートに吹き込んだピアノ・ソロ集で、これまた素晴らしい。ヤンシーの戦前録音はどれも傾聴に値するものだと思う。

最後はヤンシーの51年、ラスト録音となるアトランティック盤。

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Pure Blues (Atlantic 1283)

奥方であるママ・ヤンシーとの録音集。もともとは2枚の10インチ盤で出されていたもので、それを12インチLP1枚にまとめたもの。10インチ盤の方はバート・ゴールド・ブラットがジャケットを手がけていた。また本盤は、70年代に非常にダサイジャケに代えられて出し直されている。
内容だが、本盤を「枯れた」とか「滋味」といった言葉を使って好意的に評する方もおられるが、私はそこまで人間ができていない。正直言って「退屈」。

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Jun 07, 2009

ブギ・ウギを考える~その3

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前回、ブギ・ウギ・ピアノのリヴァイヴァル・ブームの要因について、見世物的要素を強調したけれど、少々決めつけが過ぎたかなあと反省している。ま、うそだが。しかし、コメントでも書いたけど、ブギ・ウギにしろスウィングにしろアメリカのポピュラー・ミュージックは踊りとのつながりが強く、その変遷は常にダンスとともにあるわけで、そういった面から考えて、新たな(実際はリヴァイバルだけど)ダンス・ミュージックのビート感覚が当時の大衆の求めにうまく合致した結果とみるのが無難なセンというものではなかろうか。

さて、「ブギ・ウギを考える」ということで、このところ久しぶりにブギ・ウギ・ピアノをよく聴いているが、私自身がピアノ好きというのはあるけど、やっぱりいいなあ、ブギ・ウギ・ピアノ。けっこう面白いし。
一口にブギ・ウギ・ピアノと言ってもいろいろなパターン、ヴァリエーションがある。ブギ・ウギ・ピアノのコンピを聴いていると、中にはこれがブギ・ウギか、単なるブルース・ピアノでは?というのがある。ブギ・ウギの定義というか、どこからどこまでをブギ・ウギと呼ぶかという線引きはあると思うが、まあ我々が普通に思い描くブギ・ウギ・ピアノはアップ・テンポで左手が8ビートを刻む(エイト・トゥ・ザ・バー)というものではないか。
しかし、考えてみるとそういった狭義のブギ・ウギ・ピアノ観、先入観にしばられてブギ・ウギ・ピアノに対する興味を自分で勝手に希薄なものにしてしまっているケースが多いのではないか。
こんなことではブギ・ウギ・ピアノの愛好者人口はいつまでたっても増えはしない。いいのか、こんなことで。まあ別にいいんだが。
野に放て、ブギ・ウギ・ピアノを。

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Jun 05, 2009

ブギ・ウギを考える~その2

ブギ・ウギ・ピアノに関する記事についてですが、『レコード・コレクターズ』のほかにも『ザ・ブルース』(No.12)が特集を組んでおりました。ずいぶんと昔の話ですが、かなり濃厚な特集記事になっております。参考まで。

1938年、ジョン・ハモンドのプロデュースによるコンサート、「フロム・スピリチュアル・トゥ・スウィング」においてアルバート・アモンズ、ミード・ルクス・ルイス、ピート・ジョンスンの3人からなるブギ・ウギ・トリオが拍手喝采を浴び、そのことをきっかけとしてブギ・ウギ・ピアノのリヴァイバル・ブームが起こる。とここまではご承知のとおり。がしかし、これだけではいまひとつ疑問が残る。ある意味本質的な部分ではないかと思うが、つまりブギ・ウギ・ピアノのどこがそれほどまでにウケたのかということである。血湧き肉躍るような強烈なリズムという、ダンス・ミュージックとしての魅力? もちろんそれもあったが、そのことに加えてインパクトあるサウンドを繰り出すそのピアノ・プレイが、さながら「曲芸」のようだったのである。

Boogiewoogieboysブギ・ウギ・ピアノの人気はその音楽性がどうのという部分よりも、やはり見せ物的要素にあった。と、こんなことを言うと一部から抗議のメールが来そうだが、しかしブギ・ウギ・ボーイズの演奏を聴いて、誰がどこを弾いているかなんて分からないし、第一そんなことを気にしながら聴く人間は普通いないんじゃないか。
ブギ・ウギ・ピアノは個性の表出が極めて難しい音楽である。一部のマニアは誰それの左手だか右手だかがどうのこうのと言ったりするが、そんなことを言われても、一般のリスナーにはそれがどうしたであろう。それは演る側の問題であって、聴く側にとってはどうでもいいことだ。音楽の本質とは何の関係もないことである。

というわけで、商業音楽の宿命と言うべきか、はたまた単調な音楽故にと言うべきか、ブギ・ウギ・ピアノはやがて飽きられ、結局、再発見を期に起こったリヴァイバル・ブームもそう長くは続かず、消え去ってしまうのである。

THE BOOGIE WOOGIE BOYS - 1936-1941 (DOCUMENT)

ブギ・ウギ・ピアノは消えたが、ブギ・ウギのリズムは受け継がれていく。が、それはまた別の話。

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Jun 02, 2009

ブギ・ウギを考える~その1

前回、ロイ・リー・ジョンスンについて「ミスター・ムーンライトのオリジネイター」と書きましたが、しかしこれは「ドクター・フィールグッド&ジ・インターンズがオリジネイター」とするのが正しいようです(ちょっとあやふや)。まあ、作曲も歌っていたのもロイ・リーには違いないわけだけど。

さて、前回予告したとおりブギ・ウギ・ピアノの話。ブギ・ウギ・ピアノは当然ながら主役となる楽器がピアノである。だからギターを抱えたブルースマンのように路上で気軽に演奏を、というわけにはいかない。ピアノが置いてある場所、すなわちバレルハウスと言われるような酒場が活躍の場であり、そこで場の雰囲気を盛り上げるため、あるいはダンス・ミュージックとして発展し、広まっていくことになる。
ま、しかしこの辺りの詳しい話は前回も触れたようにレココレの過去の記事(何号かは不明)を参照してもらうなり、ネットを活用してもらうなりしていただきたい。

Boogiewoogiepianistsというわけで、ブギ・ウギはダンス・ミュージック的要素がより強調されたブルースの発展型のひとつであると考えられるわけだが、しかし勘違いしてならないのは(というか、時折目にするのだけど)、ブルースが元来ダンス・ミュージックであったという概念。これは間違っている。
ブルースは本来、きわめて個人的な音楽だった。それがギターの普及とともにいつしか余暇の場を楽しむ手段として使われるようになり、そしてさらには放浪のミュージシャンがそれによって金銭を稼ぐためのダンス・ミュージック、つまりは商業音楽として広く普及していったと考えられるのである。
そりゃそうだ。思い描いてみるに、酒場でしんみりとした陰気なスロー・ブルースばかりを演られちゃかなわない。景気のいいヤツを次々と繰り出した方がウケもいいだろうし、人気も出ようというものだろう。
こうようにして元来踊りとは何の関係もなかったブルースが変化していく。このことを中村とうよう氏は何かの本で「ブルースの変質」と書いていた。

なんだかブギ・ウギの話とはかなりかけ離れてしまった。ハウス・レント・パーティのこともあるし。次回か。

伝説のブギ・ウギ・ピアノ

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